疲れた心は散歩でリフレッシュ
街角の洋風食堂
重苦しい思いで過ごす日々が、何年か続いた事があった。その頃散歩は、私にとって趣味以上に実用であった。通信教育課程で学んでいた事もあって、調べ物のため都立中央図書館までよく歩いて行った。
行きは、歩きながら草花や樹木を眺め、ショーウインドウを覗き、開店前のレストランのメニューに味を想像したりした。帰りは、バスに乗ったり、歩いたり、途中から私鉄の駅を利用したりとその日の調子次第であった。
1時間半余りの道のりで、街の様子は途中からちょっとお澄ましな感じに雰囲気が変る。だが馴れるのが苦手な私には、その距離感が好ましかった。
帰りにその道を通れば、人気の店におしゃれをした人々が集ってお茶を飲みながら歓談していた。味が良いと評判のお蕎麦屋さんの前は、相変わらず行列だ。
隣の東京都庭園美術館は、旧朝香宮邸だけあってまたがらりと趣が変る。お住まいをそのまま展示室として使用しているので、部屋から部屋へと見て回りながら、自分とはかけ離れた生活を想像してみる。カラバッジョを初めて知ったのも、この美術館であった。
平日は会社を往復するだけで、なかなかこのように優雅に歩く時間は取れない。歩いている間は周りに目を取られ、何もかも忘れられた。
身体が元気になると、心も弾んでくる。四面楚歌のように思われ心曇った状態から、何とかなるかなと前向きになってゆく。自分でささいな希望を見つけ、それを大きくする事へと心が動いてゆく。
当時の私にとってそれは、大学卒業を目指すことであった。勉強している時間も、また私を元気づけた。自分だけの努力では変えようのない状況に在る時、熱中するものがあることは自分を強くする。強くなると覚悟もできる。
辛い気持ちのまま日々を過ごされていらっしゃる方へは、歩く事をお勧めする。暗く長いトンネルに入り込んでしまったと思っている時でも、寒い冬の朝、一輪の水仙にどれほどなぐさめられることか。
花に近づいてみれば、芳しい香りが鼻に心地よい。ミツバチになったような気がしてきて愉快だ。花の香りに心とらわれているうちに、辛さはわずかに遠のいて、出口は見つかるはずと楽天的な気持ちになってくる。そこに希望が見つかれば、勇気が湧いて一歩前へ踏み出せる。
悩み事を抱えながら歩く事はもうないが、散歩の折、花の香りに出会うのは今でも大きな喜びだ。柊木犀のちっちゃな白い小花も好きで、短い花の時期を逃さないようにいつも気をつけている。金木犀ほど強くなく、つつましやかな甘い香りだ。
散歩ではめったに見る事ができないが、ハマナスも良い香りだ。四季折々に樹木の移り行く様を眺め、草花から安らぎを頂いていると、生きているだけで素晴らしいと思えてくるから不思議だ。元気がある方もない方もどうぞ心楽しい散歩を!