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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

シーギリア レディ イン スリランカ


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侍女が持つ盆には、花それとも果物?

スリランカの旅から帰ったばかりの次男から、シーギリアレディと呼ばれる壁画の写真を見せて貰った。その途端、インドのアジャンンター壁画を思い出した。和辻哲郎著『古寺巡礼』でその存在を知って以来気になっていたが、壁画の模写はもとより、実物も見たことはない。だが記述からすると、きっとこのような感じに違いないと思って調べると、やはり似ていた。これでは確かに、修行僧が瞑想する場に相応しい絵とはいえない気がする。以前の記事はこちらhttp://teruhanomori.hatenablog.com/entry/2014/10/12/043043

直ぐにでも見に行きたい思いを抑え、いざ対面する日に備え、今は写真からじっくり味わうことにする。ちなみに、写真は全て次男から借りた。


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一人、花を手にして何を想うのか。シーギリアレディは天女とも言われているが、まだはっきりしたことは分かっていない。

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左下・侍女のような人は上衣着用

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シーギリアレディに会うためには、シーギリアロックと呼ばれる岩山に登らなければならない。絵は、その中腹に描かれている。更にその先の王宮への入り口がここだ。かつては、巨大なライオン像があったというが、現在は足が残るのみ。
「ライオンが宮殿を背負う形を取るところから〈獅子の山(シンハ・ギリ)〉と呼ばれ、現名はその転訛だという{(新版]南アジアを知る辞典・平凡社・P・335〜336)」

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シーギリアロックは高さが180m

父王から権力の座を奪い、弟にそれを奪還されるのを恐れた末、このような場所に王宮を作った遥かな時代の王を想う。登ってみないことには実感できないが、安全を求めた結果とはいえ、このような場所での暮らしは、自分たちもさぞ大変だったことだろう。しかし、そこが王宮として使用されたのは、僅か11年間だったという。

弟に王位を取り戻された兄王が自害した後シーギリアは、弟王により修行僧たちに寄進された。しばらくは修道院として使用されたが、やがて放置されることになる。発見されたのは19世紀に入ってからだ。だがそのおかげで、現代の私たちは、1500年前の壁画を目にすることができる。長い年月放って置かれたのが良かったのかどうか分からないが、色鮮やかに現存している結果からすれば、狂気の王と呼ばれた人の、辺鄙な場所での王宮造営の功績ともいえる。何が幸いするか、まったく分からない。

「アジャンンター遺跡との関連性も考えられるが、大胆な描線や彩色は独自のものである。[新版]南アジアを知る辞典・平凡社・P・335〜336)」」とのことだ。同時期に描かれた壁画だけに、ぜひアジャンンター壁画とも見比べてみたい。

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訪れる者を見張っているかのような石。ここは、天然の要塞のようなものだ。

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絵にたどり着くには、このような螺旋階段を登らねばならない。訪ねる日のために、足腰を鍛えておく必要がありそうだ。それにしても、心が踊る。だが行くまでに、いろいろ下調べなどもして万全を期し、シーギリアレディたちに会った方がいいと、はやる心を抑える。

いつか自分の目で確かめて後、改めて自分の写真と併せ記事にしてみるつもりだ。今年になるか、来年になるかは、乞うご期待!