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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

脳にある程度の負荷をかけるのは必要だ

危機管理・健康
私は日々、仕事をしていた時と同様、月曜日から金曜日まで規則正しく過ごしているが、脳への疲労感がまるで違うことに気づいた。そして、脳に関する学問的知識は全く無い私だが、脳にはある程度の負荷をかける必要があるのではないかと経験から考えるに至った。

仕事のように、面倒だとか、嫌だなということも無く、自分の好きなように過ごしているだけでは、脳はリラックスし過ぎてしまう。脳にストレスをかけ過ぎるのは弊害をもたらすが、リラックスし過ぎも良くない気がする。脳は、身体の中で一番エネルギーを必要とする箇所だけあって、何かにつけ省エネ志向のようで、楽な方ばかり目指す傾向がある。

自分としては、散歩で五感を働かせ、書いたり読んだり、語学の勉強をしたりと、脳の老化対策は万全のつもりでいた。以前は、頭が疲れすぎると、バランスを取るつもりで歩くことが多かった。だが今は、たっぷり歩いて身体はくたびれるのだが、脳にはいつだって余裕がある。これはきっと、脳への負荷が少なすぎるに違いない。一番負荷がかかっているはずの語学の勉強にしても、つい易きに流れがちだ。この調子で脳を甘やかしていると、徐々に働きが鈍くなる気がする。

歯を健康に保ち、足腰と共に脳を鍛えれば、将来的にも安心とすっかり自分の計画に満足していたが、これではまずい。脳が面倒くさがることの比率を高めないことには、自分が想定する以上のスピードで、脳の劣化が進みそうだ。先週のラジオで、公的施設への待機老人50万人と恐ろしいことを言っていたが、何としてでもその一人になりたくない身としては、自分の生活を見直さなければならないと考えさせられた。

脳が省エネしたくなるのは、生命維持という観点からみれば当然かもしれないが、それに抵抗しなければ、私の先々は悲惨なものになりそうだ。現在で待機老人が溢れかえっているなら、後に控えている団塊の世代で、その人数は更に増えるだろう。そうなると、その後の世代など、公共の安価な施設に入所などまず不可能だ。

私としては、願わくば、最後まで自分の身は自分で面倒みたいと思っている。だからこそ、これまで以上に脳の健康的生活に取り組もうと決意を新たにした。何にでも言えることだが、その時が来てから慌てても遅い。早め早めの準備こそが大事で、動けるうちからの習慣がものをいう。