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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

都内に牧場があった頃ー四谷軒牧場

歩き疲れて木陰のベンチで休んでいたら、同じく緑道を歩いて来た高齢の女性が、私に会釈してから横に座った。当たり障りのない話をしているうちに、ふと思いついて、この辺りはかつて畑だったのかと聞いてみた。目の前の集合住宅だけでなく周辺の戸建ても、決して新しくはないものの、何となく造成された雰囲気があった。

すると、この地に越してきて67年というその方は、今は暗渠になってしまったここが川だった頃、回りは全部畑であったとおっしゃる。畑には飼料用トウモロコシが沢山植えられていて、それはすぐ近くにあった牧場の牛用だったとのこと。そこまで聞いて、「もしかして、四谷軒牧場ですか」と言えば、やはりそうであった。

私は、若い頃一度だけその牧場を訪れている。だがそれっきりで、1985年に閉鎖されたことも知らなかった。以前、緑道周辺を歩いていた時、四谷軒の文字が入ったマンション名を偶然見かけ、牧場はこの近くだったのだろうかと懐かしくなった。だが、特に調べることもせず、この辺へ来るたび多少思い出す程度であった。

それが思いがけず、牧場の近くに住んでいた方にお会いして、当時の様子から、牧場最後の日にはご近所にお餅が振舞われたことまで、さまざまなことをお聞きすることができた。ちなみに四谷軒という名の謂れは、明治の頃、牧場が四谷にあったことからのようだ。また四谷軒牧場のすぐ側には、もう一軒、別の経営者による牧場があったという。

お話を伺っていると、牧歌的な風景が目の前に広がるようでさえあった。もっとも、私がこの牧場を訪れた頃、周辺は既に住宅地であったので、飼料用のトウモロコシ畑があったのは、多分半世紀以上も前のことだと思われる。それにしても、瓶を持って毎朝牧場へ牛乳を買いに行っていたなんて、絵本のような光景ではないか。

そんな時代から遥かに遠ざかって、今はすっかりお澄まししている東京だけれど、散歩していると、屋敷構えや家の造りに、かつてが不意に踊りでてくることもある。農村だった頃が色濃く残る一角には、決まって保存樹とプレートのついた巨木がある。今度そのような場所では、小川やトウモロコシ畑に牛の絵を補って、想像の眼鏡を通して見てみるのも面白そうだ。

それにしても東京は、短い間に凄まじく変わってしまったのだなと改めて感じる。今尚、更に細分化しつつ変わり続けている。でも、30年ほど前まで都内に牧場があったなんて、ちょっと楽しくなる。時代の流れに竿差すわけにはいかないが、時には、自分の住む辺りがかつてはどんな様子だったのか、振り返ってみるのもいいかもしれない。束の間ながら、知らない時代のことを伺えたのは、私にとってとても貴重であった。

*赤堤通りの赤堤三丁目信号のすぐ近くには、牛魂碑があった。散歩を続けていて、偶然見つけた。

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牛魂碑 四谷軒牧場

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