照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

スキピオ・アフリカヌスはつい肩入れしたくなるほどの人物『ローマ人の物語』

未読であった『ローマ人の物語 』(塩野七生著・新潮文庫)のうち、「ローマは一日にしてならず(上・下)」と「ハンニバル戦記(上・中・下)」が面白くて、一気に読んでしまった。

 

象を連れたハンニバルのアルプス越えは聞いたことがあっても、何のためにそんな無謀とも思えることを決行したのか、どこからどの道筋を進んだのか等、これまで関心すら湧かなかったそれらのことに、グイグイのめり込むようにページをめくっていた。

 

ハンニバルの戦術に感心するよりも、会戦ではまったく歯が立たないローマ軍にやきもきしてページを飛ばしたくなったり、でも、やがてハンニバルを破ったことから後にアフリカヌスという尊称で呼ばれることになる若者スキピオ(プブリウス・コルネリウススキピオ)の出現に気を取り直してみたりと、すっかりローマびいきになってしまった私は、話の進み具合に感情面が振り回されっぱなしだ。

 

ところで、その晴朗さで、出会った誰をも惹きつけてしまうというスキピオは、戦術もハンニバルのやり方を踏襲しているだけあってなかなかの知将だ。

 

"スキピオは、戦術家としてならば、ハンニバルに大きく一歩を譲ったかもしれない。だが、政治家としてならば、彼のほうが上であったと私は思う。"(『ローマ人の物語 ハンニバル戦記 [下] 5』P・134)
と、著者もいうように、交渉ごとにも優れていたらしい。

 

そして、第二次ポエニ戦役以来長いことローマを悩ませてきたそのハンニバルを、ザマの会戦で破る。しかも、元老院では反対されたが、適地カルタゴに乗り込めば、南伊に陣取っているハンニバルを誘い出せると読んだスキピオの目論見が当たったのだ。

 

その後、シリア戦争にも担ぎ出され、(10年の間を置かなければ執政官になれない決まりにより、兄ルキウスが執政官となりスキピオは参謀として)ローマ側が勝利を収めた。

 

なかなかの人物であったらしいスキピオも、

"他者よりも優れた業績を成しとげたり有力な地位に昇った人で、嫉妬から無縁で過ごせた者はいない。・・・嫉妬は、隠れて機会をうかがう。"(P・136)
ということで、帰国後裁判にかけられる。

 

表向きは、対シリア戦のローマ軍最高司令官である兄ルキウスへの、使途不明金の追求ということであったが、告発側の目標が自分の失脚であることをスキピオは知っていたという。その背後にいたのが、反スキピオ派のリーダー格である、マルクス・カトー(曽孫のカトーと区別するため、後年は大カトーと呼ばれた)であった。

 

読みながら、後に、ユリウス・カエサルにことごとく反対するカトーのことなども思い出され、まったくカトーの家系は困ったものだとため息をつきたくなる。だが実際私は、どちらのカトーのことも、この一連の『ローマ人の物語』で知る以外、何も知らないのだ。にも関わらず、カトーに反感を覚えている。

 

だが著者は、
"過去よりも未来を見る傾向が強かった"スキピオと、"過去を常に振り返っては今のわが身を正すタイプ"のカトーとでは、

 

"この両人の対立は、あらゆる面から、宿命的ではなかったかと思われる。
そして、カトーよりもスキピオに好意をもつ私のような者には実に残念なことだが、スキピオの死のわずか四年後に・カトーの心配は当たってしまうのである。"(P・156)

とおっしゃる。

 

ここまできて、自分がスキピオに肩入れしたくなるのも、著者の観点に沿っていたからだとようやく分かる。そして、一人の考えに、このようにどっぷりと染まってしまってはアブナイなとも思う。様々な資料を丁寧に読み込んで、かつ史実に忠実だとは思うが、書くに当たっては、自分なりの見方で新たに組み直しているはずだ。

 

だから挿入されるエピソードも、書き手によって異なるだろう。何をどう取り上げるか、そこには当然好みが反映される。読み手もまた、その好みにかなり左右されるはずだ。歴史を題材にした読み物にも同様のことが言えるが、読み手は常に、(いや待てよ、他の見方もあるかもしれない)のハテナマークを頭の片隅におく必要があるなと思う。

 

ちなみにエピソードといえば、ザマでの会戦の数年後、偶然にエフェソスで出会ったというハンニバルスキピオとの会話も興味深い。

 

我々の時代でもっとも優れた武将は誰かと問われたハンニバルは、一番目にマケドニアアレクサンドロス、二番目にエピロスの王ピュロス、三番目に自分の名をあげたという。その答えに思わず微笑したスキピオが、"「もしもあなたが、ザマでわたしに勝っていたとしたら」"(P・82)と聞いたところ、自分が一番目にくると答えたそうだ。

 

このハンニバルという人物についても、もっと知りたくなるが、残念なことに資料があまりないそうだ。

 

ともあれ、この本は文庫で全43冊という大作だが、単なる歴史書を読むよりもずっと面白い。おまけに地理、歴史はもちろんのこと、人心掌握といった心理面から政治的なことまで幅広く網羅しているので、勉強するつもりなどなくとも自然に学べてしまう。気になる巻だけでもぜひどうぞ。