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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

「人を動かすのは理屈でも言葉でもない」に共感ー垣根涼介『迷子の王様』

このところずっと、歴史本ばかり読んでいたらちょっと頭がくたびれたので、箸休め的に『迷子の王様ー君たちに明日はない5ー』(垣根涼介新潮文庫・H・28年)を読んだ。

このシリーズはこれでお終いということで、最終話には、これまでの全てが凝縮されている。あとがきには、その熱き思いが更に詳しく綴られていて、心に響く。

物語は、リストラ請負会社で10年間、面接官としてさまざまな立場の人たちと接してきた村上真介が、将来的には先細りになるであろうこのニッチな業界に見切りをつけ、会社を整理することを決めた社長の意向に従い、ついには自分もこの仕事から離れることになる。

次のステップに進む前に、真介は、かつて自分が担当した相手に会い行くことを決める。その4年ほど前から彼は、面接が終わった後でお礼のメールを送り、返事のあった人へは、年賀状も送っていた。賀状が返ってきた人とはその後もやり取りを続けていた。そして、仕事を辞めた後で改めてそれらの人々へ手紙を書き、会いたい旨を伝えた。

会ったうちの一人からは、逆に、リクルーティング役として自社に来ないかと誘われる。なぜ自分を?と驚いた真介が尋ねると、
"・・・自分がかつて担当した相手を会社を辞めた後で、しかも自腹を切ってまで訪ね歩いているような酔狂な人間が、一体どれくらいいると思う?"(P・281)と問われる。

"「人はさ、いくら理屈が通っていたとしても、言葉だけじゃ動かないよ。それを裏付ける気持ちを持つ相手に対してだけ、動くんじゃないかと僕は思う。"(P・283)

そして相手は、"「あなたが今、やっていることがそうだと思う」"と、真介のしていることは側から見れば何の益もなく、立場上、報われるよりは嫌な思いをすることが多いだろうと推測し、だが、一見無意味に見えるそのことこそが人の心を動かす力になると言う。

確かに人は、理屈や損得感情抜きに、相手に共感を覚えた時に心が動く。それも、表面だけのテクニックで言葉を駆使したところで上手くいかない。向き合う相手から醸し出される目に見えない何かを、もう一方の心がキャッチしてはじめてそれが可能だ。その見えない何か、いわばその人を包む雰囲気のようなものは、まさに日頃の自分の思いや行動から生まれるのだと思う。

この本の最初の章で、モデルになっている会社に懐かしさを覚え、かつ最終章での、"人は言葉だけでは・・・"という箇所で、当時私の所属していた部門の他に、総務や経理といった間接部門までひっくるめて引き取ってくれた社長を思い出していた。

当初は、部門丸ごとどころか、部もしくは課単位で切り売りされるかもしれないとの憶測さえあったのだが、この社長の決断のおかげで、私たちは露頭に迷わすにすんだ。無論、その後もリストラとは無関係だった。

その恩義から言うわけではないが、ズバズバ物言う人だったので本部主流から外された経歴を持つ社長は、私たちからみれば、この人のためならと思わせる雰囲気を持っていた。

本部は歴史にあぐらをかき、時代の流れも読めないイエスマンばかりで固められていたが、むしろこのような人を登用していれば、会社がなくなる事態にまで至らなかったかもしれない。だいいち、社員の士気が違ったはずだ。

当時、会社が無くなるのは青天の霹靂で激しく動揺したが、今になれば、あの社長の下で仕事ができたのは幸いであった。だが非常に残念なことに、新会社としてスタートを切った3年後、病気で亡くなられた。その時は、(多分)全社員が気落ちしたと思う。

文中での、「人を動かすのは理屈でも言葉でもない」に、かつてそれを示してくれた人を思い出し、まったくその通りと改めて思った次第。

この作者の本は、どれもあっさり読めるが、深く考えさせられることがたっぷりだ。それでいて、教訓臭さがないところが特に良い。