照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

節約した分は楽しみに回して心豊かな暮らしを

ドイツ在住のジャーナリストの方が4/2のにツイッターで、「私がよく行くミュンヘンのパン屋さんでは、土曜日12時半の閉店前の30分間は全てのパンが20%引きになる。12時直前にはお年寄りが並んでいて、12時になるとパンをどっと買いだめする。私も高齢者になるとああなるのだろうか」と書かれていた。

それを読みながら、昨年の秋、特売品のキャベツ1個だけを抱えて、スーパーのレジに並んでいた高齢男性たちの姿が重なった。高齢男性の買い物姿はまったく珍しくはないが、何人もが目玉品だけを手にしている姿はかなりインパクトがあった。奥さんに、特売品獲得要員として駆り出されたのかなと思ったが、そんな雰囲気でもなかった。

店の人が、十分な用意がありますからとメガホンで叫んでいるにも関わらず、キャベツの回りは物凄い人だかりであった。天候不順で野菜が高騰していた時期とはいえ、普通に買っても一玉200円くらいだ。これだけのために、皆さんが張り切って土曜の朝一番にやってくるとは、景気が回復しているという報道は本当かなと思った。

かといって皆が皆、お金がないのかといえば、それは一概には判断できない。確かに、少ない年金でやり繰りしている人も多いだろうが、お金が有っても使わない人も、少なからずいるようだ。実際、タンス預金が増えているという。

いつか使うという心理で、何でもかんでも溜め込んで手放せない人にとっては、お金も物と同じ感覚だ。自分の寿命がいつまでかわからないからこそ、いざという時に備えておかないと不安なのだ。いくらお金が有っても、少しでも節約して貯めておきたいという心理が、まさに個人消費を冷え込ませている。

でも、目的達成のために節約するのは張り合いがあるが、節約がそのまま貯蓄に回るだけでは、まったく何のための人生かとつまらなく思う。先月、電車の中で、高齢女性2人が、兄弟らしき人の倹約ぶりにひとしきり花を咲かせていたが、「あの人、お金はあるのに全然使わないのよ。貯め込むだけで、何が楽しいのかしらね」という言葉に、私も深く頷く思いであった。

自分でできるうちになるべく早く身の回りを整理して、お金の使い方についても改めて見直した方がいい。物でもお金でも、活きた使い方をしてこそ、自分の人生を豊かに終えられる気がする。生活防衛も大事だけれど、生きる楽しみも考えたい。

例えば、『ひと月9000円の快適食生活』(魚柄仁之助著・飛鳥新社)という本を参考に、浮いた食費で旅に出かけるというのもいい。安い物を求めて列に連なるのもいいけれど、工夫次第で生活費は安く抑えられる。せめて自分は、縮こまらず、元気に楽しく暮らしたいと、記事を読みながら思った。