バルでのちょっとした経験の一つ一つが私の旅を豊かにしてくれる〜サラゴサ
サラゴサでは、毎回違うバルに行ってみた。通りがかりに、人がたくさんいる店を見かけるとつい入ってみたくなる。ここに住む人々には、多分、それぞれにお気に入りがあって、決まった店に通っている雰囲気だ。
東洋人はどこでも私一人だが、言葉が通じないなど何のそのといった感じで、店の人たち、殊に女性は概ね愛想がいい。(稀には、そうでない所もある)だから私も、臆せず注文できる。
朝の10時前は、仕事の合間のちょっと一休みという感じの人も多いが、テーブルの上のワイングラスにはややビックリだ。近所で工事をしているらしき作業着姿の人も、やはり近くの事務所で働いていると思しきスーツ姿の人も、同僚とおしゃべりしながらグラスを手にしている。
昼食時のアルコールは当たり前のように目にするが、休憩時にもというのは意外であった。ワインに対する感覚が、日本人とはだいぶ違っているのだろうなと思う。
ちなみに私の朝食は、トルティージャ(ジャガイモ入りのオムレツ)とカフェ・コン・レチェ(カフェ・オ・レ)にすることが多かった。量的にも無難で、店によって味が違うのでそれを試す楽しみもある。
トルティージャには、バゲットのスライスが付いてくることもあるので、うっかり他の物まで頼むと多すぎる。2日目の朝、イカフライを頼んだら、ちょうどホットドッグのように(但し横向きに)パンに挟んでくれたのには驚いた。
トルティージャをはじめ、全部で3種類くらいオーダーしていたので、かなりお腹がいっぱいになってしまった。そのため、次からは注文に用心深くなった。多すぎて持て余すよりは、足らなかったら追加するか、他所で食べてもいい。
小食の私は、お昼もバルで簡単に済ませた。美味しそうと思った物を指して注文する。トマトのみじん切りと何かを和えたのをスライスしたバゲットに乗せているかのように見えた物は、パタータと言われた。ああジャガイモだなと、調理方法は分からないながら、言葉が理解できただけで嬉しくなって頷く。実際、どれも外れがなく美味しかった。
ところで、あるバルで食事している時、厳めしい顔をした老人が独りで入って来た。笑顔などとは無縁ですといった気難しさが漂う方だ。ところが、入り口近くのテーブルで、ママの膝に座って鳥フライを手づかみしていた幼子を見るや、いきなりあやし始めた。以前からの知り合いというわけでもなく、まったく初めてのようだ。
日本では、高齢の男性が見知らぬ幼児に関心を向けるところなど見たことがなく、ましてや怖そうな風貌なのでそのギャップに驚いたが、これは単なる私の先入観であった。やがて、1歳半くらいのその子が、ママの膝から降りて入り口周辺を歩きながら、「オラ~」というような声を発すると、カウンター内にいた男性の店員さんが、これまた柔和な表情になって「オラ~」と応えた。
男の人の幼子に対するこのような光景を、その後も何回か見かけ、みんな、小さな子に優しいなという印象を受けた。もちろん、私がたまたま目にしただけであって、それが一般的なことか、それとも稀有なことかどうかまではわからない。でも、そこには心のゆとりが感じられ、見ている私までほんわかとしたいい心持ちになる。
人と触れ合うとまではいかないけれど、バルでのこんな些細な経験の一つ一つが、私の旅を豊かにしてくれる。名所旧跡をピンポイントで訪ね歩くよりはむしろ、このように、ごく普通の暮らしを垣間見ながらの旅が私の好みには合っている。サラゴサ、来てよかったよ!