照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

老人の定義を変える真の狙いは?ーつい裏を考えてしまうのだけれど

現在65歳以上とされている老人の定義を75歳に引き上げるべきと、日本老年学会と日本老年医学会が提言したようだ。ちなみに、65歳からは準高齢者との位置づけらしいが、何だか裏でもあるのかなあ~と考えてしまう。

"心身共に元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない"(1/5付け朝日新聞デジタル版より)というが、確かに、前の世代と比べると、見た目は若々しく行動的だ。その世代の人自身、自分を高齢者と考えていないようにも感じられる。

"生物学的に見た年齢は10〜20年前に比べ、5歳〜10歳若返っている"というけれど、身体は確実に老いているはずだ。自然なままで、元気一杯でいられるわけではない。"心身共に元気"でいられるよう、健康管理に心を砕き、気をつけているからだ。

老齢世代にとって一番恐ろしい敵は、病気だ。健康であればこそ、心も弾み、関心が外に向いてゆくが、ひとたび病を得ると、心も萎んでしまいがちだ。親世代の先輩たちを見て、それがわかっているから、あえて我が身を鼓舞しているのだ。おしゃれだって、身を飾るというよりも、心を浮き立たせるためだ。

長年携わった仕事からやっと離れ、自分のやりたいことに時間を費やすぞと思った矢先、いきなり、"準高齢者"ですから、もっと社会で活躍してくださいと言われても、制度を変える前触れかのような意味深なネーミングに、アレッ?って戸惑うばかりではないだろうか。

若い時分と違って、仕事しながら、好きなこともする体力はない。実際、娘さんから孫の世話を頼まれている60代からよく聞くのは、身体がくたくたになるという話だ。当てにされている以上、如何に疲労回復に励んで日々を乗り切るか。まったく皆さん涙ぐましい努力をされていると感心する。

幾つになろうが年齢によらず、働くことが何より好きだと思う人は、仕事を続ければいい。でも、あえてこのように定義し直す必要があるのかは、ちょっと疑問に思うところだ。

自分を老人と認めるか否かに関わりなく、老いは確実に進んでいる。それを心に留めて、該当者それぞれが自分で考えることではあるが、わざわざ提言がなされることに、ハテナとなった次第。

そしてこれは、次世代以降を見据えての感が拭えない。自分の問題として、仕事を含めた生き方全般について真剣に考え、意義申し立てしなければならないのは、むしろ現役世代だ。それにしても、この国の近未来を想像すると、まったく何だかなあ〜と暗澹としてくる。